1990年代(1990〜1999年)
邦楽
象徴するアーティスト・曲
- 小室哲哉プロデュース(TRF・安室奈美恵・globe)(1994〜1998年)
「小室ファミリー」としてヒットを量産。デジタルサウンドと4つ打ちビートで90年代J-POPのサウンドを定義した。安室奈美恵「CAN YOU CELEBRATE?」は年間1位(1997年)。
- B'z「愛のままにわがままに」ほか(1990〜1999年)
オリコン1位獲得数歴代最多。ハードロックとポップの融合で男女問わない人気を獲得した。
- Mr.Children「innocent world」「Tomorrow never knows」ほか(1994〜1999年)
繊細な歌詞と力強いメロディでミリオンセラーを連発。ドラマ主題歌タイアップの成功モデルを確立。
- CHAGE&ASKA「SAY YES」「YAH YAH YAH」(1991年、1993年)
ドラマ「101回目のプロポーズ」主題歌がダブルミリオン。タイアップ戦略の威力を証明した先駆者。
- 宇多田ヒカル「Automatic」「First Love」(1998〜1999年)
15歳でデビューし、1stアルバムが累計760万枚の歴史的セールス。R&B/ポップスの新たな基準を打ち立て、2000年代への扉を開いた。
音楽産業の転換点
- CDバブルの到来:1997〜1998年にCD販売額が約5,879億円とピークに達し、年間ミリオンセラーが28曲(1995年)という異常な活況。CDが日用品のように売れた唯一の時代。
- カラオケブームとの相乗効果:1990年代にカラオケボックスが全国に普及。「歌いやすい曲」がヒットの条件となり、サビの印象的なメロディが重視されるようになった。
- ドラマ/CMタイアップ戦略:テレビドラマやCMの主題歌にヒット曲を起用する手法が確立。ビーイング系(ZARD、WANDS、B'z)はこの戦略で次々とミリオンを記録した。
- プロデューサーの時代:小室哲哉、小林武史(Mr.Children)、つんく♂(モーニング娘。)など、「プロデューサー」の名前でCDが売れる時代に。
文化的背景
バブル崩壊(1991年)、阪神・淡路大震災(1995年)、オウム真理教事件(1995年)と、社会不安が続いた時代。しかし音楽産業はむしろ「元気づけ」を求める大衆心理とカラオケ・CDの普及が追い風となり空前の好況を迎えた。世紀末の1999年にはモーニング娘。「LOVEマシーン」が明るく時代を締めくくり、「だんご3兄弟」が社会現象となるなど、ポップカルチャーが社会の活力源となっていた。
年代の変遷
1990年はB.B.クィーンズ「おどるポンポコリン」や米米CLUBなど、バブル末期の明るいポップスが主流。1999年には宇多田ヒカル、浜崎あゆみという新世代の歌姫が台頭し、R&B色の強いサウンドが主流に。「CDが売れれば勝ち」の時代が終わりに近づき、音楽のデジタル化の波が静かに押し寄せていた。
洋楽
象徴するアーティスト・曲
- Nirvana「Smells Like Teen Spirit」(1991年)
グランジ/オルタナティブロックの爆発的ブレイクスルー。MTV世代に「反商業主義」の衝撃を与え、80年代のグラムメタル/ポップスからの明確な断絶を生んだ。
- Whitney Houston「I Will Always Love You」(1992〜1993年)
映画『ボディガード』挿入歌として大ヒット。R&Bバラードの商業的ポテンシャルを証明した。
- Boyz II Men「End of the Road」「I'll Make Love to You」(1992〜1994年)
90年代R&Bの頂点。ボーカルグループの人気復権を象徴し、後のボーイバンドブームの土壌を作った。
- Oasis「Wonderwall」「Don't Look Back in Anger」(1995〜1996年)
ブリットポップの旗手。アメリカのグランジに対するイギリスの回答として、ビートルズ的なギターポップを復権させた。
- Backstreet Boys / *NSYNC(1997〜1999年)
ティーンポップ/ボーイバンドの黄金期。90年代末のチャートを支配し、ポップスの商業的全盛期をもたらした。
音楽産業の転換点
- グランジ革命(1991年):Nirvanaの成功により、大手レーベルがオルタナティブロックに大量投資。インディーとメジャーの境界が曖昧になった。
- ヒップホップのメインストリーム化:Dr. Dre、Snoop Dogg、2Pac、The Notorious B.I.G.がヒップホップをポップチャートの常連に。東海岸vs西海岸の抗争も話題を呼んだ。
- Napsterの登場(1999年):P2Pファイル共有でMP3が無料でやり取りされるようになり、音楽産業に激震。CD販売中心のビジネスモデルの崩壊が始まった。
- ブリットポップの興亡:Blur vs Oasisの「Battle of Britpop」(1995年)がイギリスで社会現象に。しかし1997年頃には早くも退潮し、短いながら強烈なムーブメントだった。
文化的背景
冷戦終結後の楽観主義と、ジェネレーションXの台頭。グランジの反商業主義は80年代の過剰な消費文化への反動であり、カート・コバーンの死(1994年)は世代の喪失感を象徴した。一方でインターネットの普及が始まり、Napsterの衝撃は音楽に限らずデジタル時代の幕開けを告げた。90年代末にはドットコムバブルの楽観主義とY2K問題への不安が共存する奇妙な世紀末の空気が流れていた。
年代の変遷
1990年はWilson Phillips、Roxette、Madonnaなど、80年代の延長線上にあるポップス中心のチャート。1999年にはCher「Believe」のオートチューン使用が話題になり、Backstreet Boys/Britney Spearsのティーンポップが席巻。10年の間にグランジ→ブリットポップ→ヒップホップ→ティーンポップとトレンドが目まぐるしく入れ替わった激動の10年間だった。